最近、大正・昭和初期の文豪 ( 芥川龍之介、久米正雄、大佛次郎、里見弴 ) の本にはまっている。
自分が良いと思えばそれで良く、貪り読んでいれば幸せなものを、突然ある疑問に囚われた。
「今読んでいる文豪の本は、当時どの程度の人気があったのか」
しょうもない疑問である。
今なら「何万部 売れた」というのが、適当な物差しだろうが、
当時の本が「どのくらい売れたか」という資料は、見あたらない。
「作家がどのくらい稼いだか」という視点で見つけたのが、
松浦総三編著『原稿料の研究~作家・ジャーナリストの経済学』
( 1978年-昭和53年 みき書房出版 ) だった。
「どのくらい人気があった本だったのか」という素朴な疑問から「作家の稼ぎ」という下世話な話になっていったが、まあ仕方がない か。
本紙26pには、
月刊誌『東京』 ( 大正14年7月号 ) に「文士の所得税しらべ」 ( 忙中閑人 ) という記事が転載されていた。所得税額から逆算した収入調べであった。正に、私が探していた資料である。
これは国税丁から発表される文士長者番付の大正十三年版、つまり88年前の作家たちの年収である。
1位 | 徳富蘇峰 | 23,250円 |
2位 | 菊池寛 | 7,500円 |
3位 | 水上滝太郎 | 7,200円 |
4位 | 巌谷小波 | 6,500円 |
5位 | 久米正雄 | 6,000円台 |
6位 | 長田幹彦 | 6,000円台 |
7位 | 永井荷風 | 6,000円台 |
8位 | 坪内逍遥 | 4,500円 |
9位 | 岡本綺堂 | 4,000円台 |
10位 | 小山内薫 | 4,000円 |
10位 | 徳田秋声 | 4,000円台 |
10位 | 上司小剣 | 4,000円台 |
10位 | 田山花袋 | 4,000円 |
3,000円クラスには芥川龍之介、泉鏡花、内田魯庵、吉井勇など。
2,500円前後には、加藤武雄、加納作次郎、生方敏郎、室生犀星などがいる。
そのほか所得税を支払っていない作家に、島崎藤村、谷崎潤一郎、広津和郎、宇野浩二、山本有三、佐藤春夫などがいるが、いずれもバリバリ活躍中の作家だったのにもかかわらず、年収3,000円に達しなかったことになる。
本誌28p、分析もなかなか興味深い。 ( 抜粋 )
1位 徳富蘇峰が独走しているのは、国民新聞社長、貴族院議員の歳費なども加わっている為。
2位 菊池寛は「真珠夫人」や「慈悲心鳥」が、大新聞や婦人雑誌に掲載され、それが殆ど映画化された為。
4位 巌谷小波は講演の出演料が加算されている為。
5~6位 久米や長田は当時、書きまくっていたので当然。
7位 荷風は、大正七年に「おかめ笹」、十年に「雨まま」を書いただけでロクな仕事もないが、日本郵便重役の父の遺産が課税されたからと思われる。
永井以下、坪内、岡本、小山内、徳田、上司、田山らはいずれも、当時の長者レギュラーの実力はであった。
案外少ないのが芥川で、当時の『改造』や『中央公論』には毎号書きまくっていたが、やはり短篇が多く枚数が少ないからだろう。
かなり核心に近づいたが、敬愛する里見弴の名前がないのが淋しい。
それにしても " 大正13年に7,000円 " といっても、ピンとこない。
本紙もその点について触れ、当時の労働者賃金や米の標準価格を目安に、貨幣価値の対比を試み「現在でいえば、○○円」などと記している。それでもピンと来ないのは、本紙が今から34年も前に発行された本だからである。
【貨幣価値の再検討】
調べることばかり増え、知りたいことが 遠のいてしまった感がある。
大正13年の7,000円が本紙発行当時1978年いくらで、2012年現在いくらかを計算しなければならない。
壮大な遠回りループに陥った。
とりあえず、様々な資料をあさった結果「お金の価値を単純かつ正確に比較するのは困難」だとわかった。
企業物価指数で比較する方法、消費者物価指数で比較する方法、米価で比較する方法など様々あるが、
どのものさしを使うかで結果がまちまちで、3倍近く開きが出たりする。
【本紙にも見られた貨幣価値の誤差】
誤算といっては無礼であるが、本紙16pに以下のような記述がある。
たとえば、尾崎紅葉の名作「金色夜叉」のヒロインお宮は、当時300円のダイヤモンドに目がくらんで貫一を裏切るのだが、当時300円のダイヤモンドは、1978年には何万円かということが分らないと、原稿料の数字があっても意味はないからである。
ちなみに『週刊朝日』(’78年6月1日)による、「金色夜叉」が書かれたころ(1900年ごろ)の300円のダイヤモンドは、現在にでは約10,000,000円。
1千万積まれれば、恋人を裏切る女性は、今日でもザラにいるだろう。
「そうか1千万なのか」ということになるが、算出し直したら、こんな結果が出た。
○ 企業物価指数で算出
1978年の同指数 =平均653.8
653.8 ( 1978年 ) ÷ 0.469 ( 1901年 ) = 1394倍
当時300円だったダイヤモンドは、1978年の価値でいうと、1394×300=418,200円
「んんん? どこが一千万なの?」 である。
このように、ものさしによって、300円のダイヤモンドが10,000,000円にも418,200円にも化けたのである。
○米価格で計る
Wikipedia 米価の変遷によれば、明治5年の米俵1俵の価格は0.8円。1977年は17,294円。
これで鑑みると、300円のダイヤモンドは、6,485,400円になる。
週刊朝日の記事では 10,000,000円。企業物価指数で換算すると 418,200円。米価だと 6,485,400円。
迷宮に迷いこんでしまった。
とりあえず企業物価指数で、いいとする。
1924年 ( 大正13年 ) 1.336
2011年 ( 平成23年 ) 686.4
686.4÷1.336=513.8倍
徳富蘇峰 23,250円→11,945,859円、菊池寛 7,500円→3,853,500円、水上滝太郎 7,200円→3,699,360円、巌谷小波 6,500円→3,339,700円、久米正雄・長田幹彦・永井荷風 6,000円→3,082,800円、坪内逍遥 4,500円→2,312,100円、岡本綺堂・小山内薫・徳田秋声・上司小剣・田山花袋 4,000円→2,055,200円、芥川龍之介、泉鏡花、内田魯庵、吉井勇 3,000円→1,541,400円、加藤武雄、加納作次郎、生方敏郎、室生犀星 2,500円→1,284,500円。
んんん、なんか…変だが、この辺にして、読書をしよう。