Marco 知の鍵

ああ、ビブリア古書堂みたいな場所で一日中 本を読んでいたい。

『破船』 久米正雄

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題 名 : 破 船
著 者 : 久米正雄  kume masao
初版本 : 新潮社 1922-1923
底 本 : 本の友社 久米正雄全集 ( 復刻版 ) 第5巻
読了日 : 2012年05月22日


もうり 今回やたらと、ぶ厚いのと格闘してたようだけど、やっと読み終えたみたいだね。
まるこ

うん 『久米正雄-破船』 やっと読了したわ。

今回は本を入手するところから苦労したのよね、1922(大正11年)に発表された作品だから。

もうり 久米正雄っていったら、亡くなって50年以上経つよね。青空文庫には、なかったの?
まるこ

それが無かったのよ、意外よね。だって久米正雄の代表作でしょう?
彼が世に知られるキッカケになった話題作だもん、楽に手に入るとタカくくっていたのよ。

それで、 近代デジタルライブラリー

初版本の画像があったから、頭20ページくらいはここで読んだんだけど、骨が折れた。

もうり 爆笑) 読めたもんじゃないだろう。あれは本の体裁を 『眺める』 ものだもん。
まるこ

それで図書館検索を近県まで拡げてみたら武蔵野市立図書館でヒット。
吉祥寺に行ってきたわ。

でもお目当ての現代日本文学全集は貸し出されていて、日本文学鑑賞事典(7)を読んで帰ってきました。

日本文学鑑賞事典は、原作(本文)じゃなくて、近代1017の名作品のあらすじを収めたものなのね。

『破船』は私小説で、久米正雄と、恩師夏目漱石の娘との破談騒動を描いた話だから、あらすじだけだと女性週刊誌のゴシップ記事みたいでおぞましいだけだったな。

気分が悪くなって、原本も、もういいかなと思っちゃった。

でも、これだけ手に入らないとなると、あとは意地だわ。

もうり 笑)
まるこ

結局は “灯台下暗し”
近所の図書館で、司書の人に「久米正雄の破船が読みた~い」と訴えたら。

さすがプロだ。

司書さん2人がかりでパソコンと睨めっこで、何冊が探し出してくださって、その中で一番読みやすそうなものまで吟味してくれて、足立図書館にある復刻版を取寄せてくれたの。

もうり それが昨日まで格闘してた、あの、殴られたら痛そうな本なんだ。

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ええっと、なんだよ総ルビじゃないか。読みにくかっただろ。

まるこ 最近、こんな全集続いてるから全然平気になっちゃったわ。馴れね。
で、長くなったけど、感想としては…
もうり 感想としては?
まるこ

やめときゃ良かったという位、あと味が悪かったです。

わたし決めてることあって。自分に合うかどうかを判断するのは1作家につき3作は読んでからにしようと。

でも久米正雄はこれっきりになっちゃうかも…(笑)。

久米作品を読もうと思ったキッカケは、大佛次郎集(新潮日本文学25)の付録にコラムがあってね

日暮れて 大佛次郎
前略~『鞍馬天狗』はその後、三十五年間も書き続けた。厭(あ)きたから、もう今日限り廃(や)めると言ったら、酒席で久米正雄(故人)に叱られた。「あれは君の看板ではないか、我々には欲しくても無いものだ。その看板をおろすなんて勿体ないことがあるか。鞍馬天狗あっての大佛次郎ではないか。」
『ドレフェス事件』を書いたのも、私が鞍馬天狗から離れて歩きたかったからだ。

脱線しちゃったけど、そんなことを言う久米正雄さんってどんな人なのか、一度読んでみたいと思ったわけ。

それで「破船」だけど、私小説っていうのは、何を描いても許されるわけ? 

「これくらい良いだろう」と作者が思っても、モデルにされた人間はたまったものじゃないじゃない。

もうり 随分とご立腹だね。
モデル騒動といえば近年でも、柳美里「石の泳ぐ魚」が裁判にまでなったよな。
まるこ

明治・大正の頃はもっと流行ってたみたいよ。

久米正雄は、お父さんの自殺のことも「父の死」で小説化しているし、「手品師」でも友達とモデル問題でもめて絶交されたりしているし、常習のようね。

この本の中でも、夏目家で起こった話を、夏目の娘の話だと分る形のまま小説にしてるのよ。

それを夏目夫人に怒られるシーンがあるんだけれど、久米は主人公にこう語らせているの。

「彼は勝見家に対して、ここで自分の方から、進んで縁談を辞退するのが、本当のとるべき道かとも思った。けれども、この際向うの選択に任せることを、提議するだけはできると思った。さうすれば、向うに少しでも眞の愛があるならば、この位の過失はほんの一時の問題として、すぐに許してくれるに違いない。もしこの位のことが、到底許されないとすれば、そのときは此方から幾ら思ったとて、それし寧ろ詮ないことに違いなかった。」
もうり 懲りてないな。ってゆうか全然悪いと思ってないみたいだな。
まるこ そうでしょう。更にこんな記述もある。
主人公小野と令嬢との縁談を反対する夏目門下の兄弟子たちが、小野の所業について話し合っている場面で
また後で聞いたところに依ると、先輩たちが集まつて、小野のことを論議して際、あの温厚を以って知られた矢部太郎氏まで、誰か小野に少し同情をもつてゐた人が、「併し小野といふ男は、決してそんなに夫人に取入らうなどゝいふ深い野心なんてなく、無意識にやつてゐるんだよ。」と云つたら、『無意識なら猶悪い。』と論壇したさうである。それを聞いた時、小野は今迄尊敬してゐたこの倫理学者を、一ぺんに人性を知らぬ偽善者だと反ぜいすることに依つて、酬いるより外に術のないのを知った。
久米はこの本に、夏目家に対する恨みを沢山書き連ねているし、親友-松岡のことも、自分を裏切って令嬢に横恋慕したように書いてる。当時の女性読者は「破船」を読んで久米に大いに同情したと言われているし、松岡も文壇からつまはじきにされたそうだけど、どうしてかしら。
私は全く逆な印象を持ったわ。
「こんな情けない自分贔屓の男と、娘を結婚させなくて、夏目夫人の判断は正しい」と思ったわ。
本の中には、僕はこんな目にあった、○○がこんなことを僕にした、というように同情を引こうとするエピソードが随所にあるんたけれど、主人公小野が語れば語るほど、私は主人公に非同情的になっていったわ。私にとって主人公小野は、無意識にやってるならもっと質(たち)が悪い、利己的で自意識過剰な被害妄想男だわ。
もうり とことん、容赦ないな。
まるこ ええだって、本当に、そう描かれているんですもの。
WIKIPEDIAには、久米正雄
じきに自分が筆子と結婚する予定であるかのような小説を発表し、さらには「漱石令嬢、久米正雄と結婚」という情報を自ら雑誌に流すなどの行動が嫌われて恋に破れ、夏目家からは出入りを差し止められた。久米は、筆子が無理なら妹の恒子でも、また筆子のいとこでも良いと要求したが無駄であった。松岡と筆子の結婚が報じられると、久米は恨みをこめた文章をあちこちに書いた。

と書かれているけれと、本当のところは、わからない。

同じ「破船」を読んでも、人によっては松岡の印象が違うみたいね。積極的に横恋慕をした人物だという印象を抱いた人もいたり、私のように「杉浦は何もしていない。主人公小野が勝手に杉浦を疑って、自分が被害にあっていると思い込んでいるが、破談は自業自得、ただ自滅しただけ。」という風に捕らえる者もある。人様々色々な読み方ができるのが本かしらね。

もうり 本は生きてるように感じることないか? 自分一人に限ってもさ、若い時に読んだ印象と、同じ本を年取ってから読み直した時に抱いた印象と全然違うだろ。
まるこ

ああ、そうか。学生時代はヒロインに感情移入し、大人になって読み返したら、母親の方に思いが移ったことよくあったわ。

今回はわたし、色々脱線しちゃったけど、最後に本文の感想をちゃんと話すね。

主人公が友人2人と鎌倉の海岸で、女性論を交しているところから物語は始まるんだけど、その第1章から、夏目漱石(作中は勝見漾石)の葬式、第5章までの前半部分(全体の1/3)のがとても良かったわ。
恩師夏目の臨終に集った弟子たちの人間関係や力関係が生き生きと描かれていて。

特に主人公小野の心中に湧き上がる、自己顕示欲・虚栄心・恥じらいなど描写が正直すぎて面白かった。

でも後半は作風ががらっと変わってしまった感じがしたの。

ただただ、令嬢がこうした、夫人にこう言われた、だれだれにこう貶められたという風に、出来事を上乗せしているだけで、執筆の時期が違うのかしら、つまらなかったなあ。

それから不思議なことに、主人公(作者)は、令嬢のことが好きだと言う割には、2人の妹たち比べて令嬢の容貌をひとつも褒めていないのよ。

令嬢が好きだって本当だったのかしら、これだと「小野はただ勝見家の婿の座を狙っているだけだ」と言われても仕方がない気がしちゃったな。
女性はもう少し褒めなきゃだめよね。

もうり はいはい。そうなるか。(笑)
おまけ 参考文献
● 父の死までも小説に
● 破船事件前後の阿部次郎の日記
● 三角関係
※ 本文から、気に印象に残った部分など抜粋してみました。

GARA YONDEYO 破船 はコチラです。

 

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