Marco 知の鍵

ああ、ビブリア古書堂みたいな場所で一日中 本を読んでいたい。

里見 弴 著『俄あれ』

 

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題 名 : 俄あれ niwaka are
著 者 : 里見 弴 satomi ton
初 版 : 文章世界 1916年(大正5年)07月
底 本 : 講談社文芸文庫
『初舞台/彼岸花 里見弴作品選』
2003年05月10日
読了日 : 西原図書館蔵書 2012年04月20日



まるこ

里見弴 第二弾。『俄あれ』を読みました。

前回 読んだ河豚の時、

「里見 弴って人物描写が上手」と言ったけど、あれは間違いだった。

もうり えっ?
まるこ

人物描写が上手な “だけ” じゃなく、情景描写 “” 上手だとわかった。

「俄あれ」は、男が友人宅を訪問する時、にわか嵐に巻き込まれるところから始まる話で、男が友人宅に行くと、あいにく友人は留守。暴風雨になってきて、友人の細君の手伝いで雨戸を閉めて回っている内に、気がつくと暗い部屋に友人の細君と二人きりになる。次第に男は落ち着かない気分になっていく。そして男女の微妙な駆け引きがはじまる。みたいな内容。

男の心理描写も滅茶苦茶ウマいけど、嵐の描写が素晴らしかった。

もうり

「男女七歳にして席を同じゅうせず-礼記」じゃないが、

そんな教育を受けた時代の男女が、密室に二人きり、となると特別な状況だな。

ちょっと脱線しちゃうけど。俺らの親父(70代後半)の若い頃ってさ、女の人をジロジロ見るなんて憚られた時代だろ。実はそんな世代の人で絵画が趣味っていう人結構多いらしい。周囲の女性たちにモデルになってもらってさ、女性を凝視するなんて“ デッサンの為 ” っていう名目がないとなかなか出来ないからね。

まるこ

なるほど、“名目”とか“大儀名分” は、大事よね。

今の男の子は、そんな回りくどいこと理解できないだろうな。

でも大正や昭和初期の時代の人はウブかと思うと、今よりエロチックな面も持ち合わせている気がする。

谷崎潤一郎の世界なんて凄いよね。

もうり

『鍵』とかね。

江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』なんかもそうだな。

まるこ

そうそう。

この作品の男も女も、暗闇でただモジモジしているわけじゃないのよね。沈黙を武器にしたり、もったいぶった言葉で相手を翻弄させたり、駆け引きして楽しんでる。

もう嵐の描写から、人物描写まで凄いんだって、わかってもらえる?

一番感動した部分はこんな部分。

「はげしい陽光に飽満して、熱のために震えている蒼穹は、見渡す限りの赤土の表面を()べたに顔を向き合わせているうちに、お互いの強情に腹を立てて、不穏な渋面に膨れ返って了った。そよとの風もない……。仲裁するものがなければ今になぐ撲り合いを始めるだろう。……小禽(ことり)はもとより大鳥すら、敢えてその空を横切らなかった。却って昆虫の身である蝉が、大衆を(たの)んで、周囲の森の深い葉陰から、癇癪やみの陽炎や、(おこり)を患っている草いきれの唄を、単調に永く引ッ張って、やゝ嘲笑う意味で唄っている。」

 

嵐の直前の運動場の様子なんだけど、ジリジリと太陽が照りつける夏の風景を表現するのに、空と大地を擬人化して「お互いの強情」とか「殴り合いを始める」とか書いちゃうの。

こんな発想、凄いと思わない?

情景描写だけで、ここまでグイグイ引っ張ってってくれて、魅了される小説なんて、そうないと思う。

里見弴作品、これからもどんどん読んでいきたいと思います。

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