そうそう。
この作品の男も女も、暗闇でただモジモジしているわけじゃないのよね。沈黙を武器にしたり、もったいぶった言葉で相手を翻弄させたり、駆け引きして楽しんでる。
もう嵐の描写から、人物描写まで凄いんだって、わかってもらえる?
一番感動した部分はこんな部分。
「はげしい陽光に飽満して、熱のために震えている 蒼穹は、見渡す限りの赤土の表面を 直べたに顔を向き合わせているうちに、お互いの強情に腹を立てて、不穏な渋面に膨れ返って了った。そよとの風もない……。仲裁するものがなければ今になぐ撲り合いを始めるだろう。…… 小禽はもとより大鳥すら、敢えてその空を横切らなかった。却って昆虫の身である蝉が、大衆を 恃んで、周囲の森の深い葉陰から、癇癪やみの陽炎や、 瘧を患っている 草いきれの唄を、単調に永く引ッ張って、やゝ嘲笑う意味で唄っている。」
嵐の直前の運動場の様子なんだけど、ジリジリと太陽が照りつける夏の風景を表現するのに、空と大地を擬人化して「お互いの強情」とか「殴り合いを始める」とか書いちゃうの。
こんな発想、凄いと思わない?
情景描写だけで、ここまでグイグイ引っ張ってってくれて、魅了される小説なんて、そうないと思う。
里見弴作品、これからもどんどん読んでいきたいと思います。
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