Marco 知の鍵

ああ、ビブリア古書堂みたいな場所で一日中 本を読んでいたい。

芥川龍之介『青年と死と』

f:id:garadanikki:20160903015400j:plainいかにも芥川龍之介が好きそうな題材。この作品の元となったのは「龍樹菩薩伝」で、龍樹は、大乗仏教中観派の祖で八宗の祖師と称される人。真言宗では、真言八祖の1人であり、浄土真宗七高僧の第一祖とされているそうです。その龍樹の俗伝の中に、以下のエピソードがあります。

天性の才能に恵まれていた龍樹はその学識をもって有名となった。龍樹は才能豊かな三人の友人を持っていたが、ある日互いに相談し学問の誉れは既に得たからこれからは快楽に尽くそうと決めた。彼らは術師から隠身の秘術を得、それを用い王宮にしばしば入り込んだ。100 日あまりの間に宮廷の美人は全て犯され、妊娠する者さえ出てきた。この事態に驚愕した王臣たちは対策を練り砂を門に撒き、その足跡を頼りに彼らを追った衛士により三人の友人は切り殺されてしまった。しかし、王の影に身を潜めた龍樹だけは惨殺を免れ、その時、愛欲が苦悩と不幸の原因であることを悟り、もし宮廷から逃走する事が出来たならば出家しようと決心した。

芥川龍之介は、この俗伝をモチーフにして「青年と死と」を書いたようです。
本作では、隠身の術を、“ 着ると姿が見えなくなるマントル ” に置き換え。
宮廷に潜り込む男も2人にしています。
また伝記では、男たちは衛士によって切り殺されますが、芥川は死神とのやり取りに変えています。

さて、物語に登場する男の内、
Aの男は死神に対して、
「お前を待っていた、今こそお前の顔が見られるだろう。さあ己の命をとってくれ」と言います。
Bの男は、
「己はお前なぞ待っていない。己は生きたいのだ。どうか己にもう少し生を味合わせてくれ。己はまだ若い。」と懇願します。
死神は、Bに言います。

「お前は今日まで己を忘れていたろう。己の呼吸を聞かずにいたろう。お前はすべての欺罔を破ろうとして快楽を求めながら、お前の求めた快楽その物がやはり欺罔にすぎないのを知らなかった。お前が己を忘れた時、お前の霊魂は餓えていた。餓えた霊魂は常に己を求める。お前は己を避けようとしてかえって己を招いていたのだ」

といい、Bの命を取っていきます。Aは「死にたい、己の霊魂をとってくれ」と言いますが、その時、第三の声が…。

莫迦な事を云うな。よく己の顔をみろ。お前の命をたすけたのはお前が己を忘れなかったからだ。しかし己はすべてのお前の行為を是認してはいない。よく己の顔を見ろ。お前の誤りがわかったか。これからも生きられるかどうかはお前の努力次第だ」
第三の声が言う。「(静に)夜明けだ。己と一緒に大きな世界に来るがいい」黎明の光の中に黒い覆面をした男とAが出ていくのが見える。


Aは、“ 死 ” の意味を理解し、死を直視していた為に救われ、Bは、快楽を求め、今日まで死を忘れて過ごして居た為、命を取られたという意味のようです。しかし、よく考えると、命を取られなかったAは、“ 救われた ” のではなく、辛い世をこれから先 “ 生かされ ” ることになった訳ですよね。
芥川龍之介が、生と死を突き詰め始めていったのが、この時期からと言えるのではないでしょうか。

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